日本企業が取り組むべき「事業再編型M&A」

日本企業が取り組むべき「事業再編型M&A」

■日系企業による事業再編型M&Aの増大
M&Aには大きな潮流がある。2018年まで日系企業によるM&Aのターゲットは海外が主体であったが、2017年から国内M&Aが増加し2019年には金額ベースの構成比率で35%を越えることとなった。(レコフM&Aデータベースより)
マーサージャパンのM&A部門への依頼も、近年は国内の事業ポートフォリオを大きく変革するための、いわば「事業再編型」とでもいうべきM&Aが増加する傾向にあった。複数の外部調査機関も、事業再編のための売却・買収のケースが増えている事を報告するものが多く、この傾向を裏付けていたといえる。


■日系企業の喫緊の課題
日本経済の大きな柱の一つである製造業において、ビジネスモデルが世界の経済・社会ニーズの変化に追いついておらず、乖離が拡大しているという認識はかなり前から存在した。会社のあり方、事業のあり方を根本的に見直すような転換に迫られていると、経営者自らが強く認識している業界が多数みられる。
例えば、自動車業界は典型的だが、内燃機関技術という100年間続いたコア技術がノンコア化しつつあり、自動車というモノを売る時代からモビリティサービスを提供する時代へ移行しなければならないとの認識が強い。医薬品業界では、免疫療法や遺伝子治療、ワクチン分野に技術革新があり、日本の研究開発リソースとのギャップが拡大し、新しい技術シーズの獲得とMRのあり方を含むビジネスモデルの転換が迫られている。電機も単なる製品を売るのではなく、IOTインフラを提供し、顧客の問題を解決するプラットフォーマーやコンテンツサービスプロバイダー、AIを使った次世代のSaaSサービスプラットフォーマーへと転換をはかろうとしている。


■日系企業の変革のボトルネックは、人材の流動性の欠如
事業ポートフォリオ転換には必ず人材ポートフォリオの転換をともなう。近年若手社員を中心に急速に意識転換が進みつつあるようだが、日系企業の社員は、「就社意識」がまだまだ根強く、人材の流動化に対しては強い抵抗感を示す方が一般的と筆者は見立てる。この点は十分なセベランス(離職手当・解雇手当)を支払えば、感情面では納得されやすい欧米の社員のメンタリティとは大きく異なる。(ただし欧州では労働法制としてセベランスを払っても一方的な解雇は困難な国もある)
また、日本の労働法制や社会システムが保守的であることから、たとえ十分な処遇補償がなされても、人的資源の切り離しを行うのは、法的リスクや企業イメージの棄損にもつながりかねない。つまり、日系企業は社内的にも社外的にも、今求められているようなドラスティックな事業転換をはかるうえで不可欠な「抜本的な人材ポートフォリオの転換」が困難であり、自己変革能力が大きく劣る主な原因となっていると筆者は考える。


■日系企業の事業再編にはM&Aが最大の武器
2018年までのM&Aを振り返ると、初期は国内企業同士の合併による規模拡大、2011年以降は海外市場へ直接進出するための海外事業買収による規模および商圏の拡大が目的であった。
共通点は、事業モデル自体はそのまま、企業が巨大化することで、成長力を獲得しようとしてきたことだ。しかし、M&Aの結果は必ずしも当初予定していたシナジーを生み出さず単なる足し算に終わり、統合コストを差し引くと、成功したといえるM&Aは少ないといわざるをえない。
そこで、新しい取り組みとして現れてきているのが、事業再編型M&Aである。企業のあり方、存在意義を再定義し、事業ポートフォリオ、人材ポートフォリオを大きく転換するための手段としてM&Aを積極的に活用するアプローチである。


■リストラ型再編と事業再編型M&Aの違い
事業再編型M&Aは、グループ内の再配置や要員調整によるリストラ型の事業・人材ポートフォリオの組み換えと異なり、切り離す事業が更に成長する機会を提供する。
例えば、医薬品企業の製造拠点の海外移転や売却が進んでいるが、有力なCMO(医薬品製造受託会社)がM&Aにより拡大し、国内の製造基盤を維持する役割を果たしている。多くの企業から製剤技術と設備、人材を獲得したCMOは、コスト競争力を持つとともに製剤技術として先んじた存在になりつつある。
研究段階のパイロットプラントと工場における大量生産ではノウハウが異なる。CMOには、大量生産を前提とした創薬企業へのコンサルテーションのようなニーズも今後発生してくると考えられる。日本のような成熟国では個別企業内では付加価値生産性が低い製造機能も、高度に集約化することで新たな価値を生み出す可能性が高まる事例といえるだろう。
つまり、事業再編型M&Aは、リーディング企業の事業ポートフォリオ転換を、企業と社員の双方が納得しメリットを享受する形で実現できる可能性がある。更にM&Aによる事業ポートフォリオ転換は、スピードという面でも大きなアドバンテージがあり、後手にまわりがちの日系企業にとっては2重のメリットがあるともいえる。



【参考】事業再編型M&Aの成功事例
事業再編型M&Aの成功例として、今ベンチマークとすべき企業グループの一つは、日立グループではないかと考えている。日立グループは、単品のモノづくりから脱皮し、社会インフラや企業のIOTインフラを構築し提供する製造サービス業(注2)への転換を明確に意図した事業再編型M&Aを連続的に実施している。
興味をひかれるのは、明確な事業計画を達成するためにM&Aを実施しているというよりも、デジタルやIOT技術を活用した社会・企業インフラを提供する製造サービス業をめざすといった、戦略的方向性のなかで走りながら軌道修正を繰り返しているような事業展開方法である。それはドラッカーのPDCAの「マネジメント」ではなく、ソフト開発の世界の「アジャイル(注3)」アプローチにむしろ近いと筆者は考えている。
そして、急速に成長しつつあるIOTプラットフォーム事業の、「ルマーダ事業」は、自社で立ち上げたIOT事業にM&Aで獲得したマレーシアのIT企業であるフュージョンテックスの技術と、そのグローバルな顧客基盤がシナジーを生んだ、日系企業では数少ないグローバルM&Aの成功事例であるといえると思う。
【日立グループの近年の主なM&A】
時期日立グループのM&A
2012年ハードディスク事業の売却
2014年火力発電事業を三菱重工業と統合
2016年日立物流の売却、日立キャピタルの売却
2017年日立国際電気と日立工機を売却
2018年クラリオンの売却、ABBから送配電システム事業を買収
2019年生産システム・オートメーションの米事業会社を買収、ホンダ傘下の主要自動車部品3社を買収。日立化成の売却、画像診断事業の売却、火力発電事業の完全売却
2020年日立ハイテクを完全子会社化、フュージョンテックスの完全子会社化


■新型コロナウイルスによる日系企業の事業再編型M&Aに対する積極性の低下
既存事業モデルの限界を経営者が身近に感じ、事業モデルの転換、そのための事業・人材ポートフォリオの転換を本格的に考え取り組み始めたタイミングで起きたのが、2020年の新型コロナウイルス問題である。
2020年のM&A件数の急な減少傾向を示し、あるM&Aアドバイザーの調査では、案件を中止や凍結すると回答した企業経営者が高い割合を示した。一方で、4月以降は検討を再開すると回答する経営者も相当な割合が見られ、日系企業のM&A活動は二極化していったと考えて良いと思われる。
信念をもってやり遂げる姿勢を維持した企業と、一旦凍結、さらには無期限保留の会社とで、別れる印象があったが、客観的な調査で裏付けられた形である。


■経営者の判断が、今後の企業の成長を左右する
新型コロナウイルスによる日本および世界の経済動向が見えない中、長期ビジョンと整合したM&Aを遂行した企業は、安価に国内外の資産を獲得し、その後の成長につながった側面があると筆者は見ている。
一方、機を逸した経営者が主導する企業は、大がかりな事業転換や海外展開の機会と時間資源を失い、経営環境が大きく変化した現在、経営資源の獲得は割高になり、事業の成長が鈍化しているようにも見える。
経営環境の不透明さという点では、現在の米国・イスラエルとイランの準戦争状態における物流網の機能不全の状況も類似している。
確かに、事業展開の一旦保留と判断する材料とするか、リスクを取って経営戦略の遂行に踏み込むかは、難しい経営判断である。ただし、長期的な経営戦略のゴールを見据えてアプローチやタイミングを柔軟に再検討しつつも、長期ビジョン達成のための歩みを止めない事は、事業構造の転換やグローバル事業組織の構築に成功し、持続的な成長を遂げていくために避けては通れない道ではないだろうか。
リスクは対応策を検討することはできても無くなる事はない。もちろん適切なモニタリングの仕組みによる臨機応変の軌道修正は必要であるが、リスクと常に共存し続ける覚悟と、経営者を支える専門組織・スタッフが、今の企業には求められていると思えてならない。


■事業再編型M&Aを成功させる要件
事業ポートフォリオ転換を成功させつつある企業が備えている要件とは何だろうか。
①アジャイル的事業再編アプローチと経営者のリーダーシップ
まず、ビジョンレベルの目標をかかげ、アジャイル的なアプローチで素早く動ける、意思決定の構造と組織体制が求められるのは既に述べたとおりである。詳細な事業計画がないとダメ、経済環境が整わないとダメといった精緻なPDCA発想から経営者が抜け出し、リーダーシップを発揮する必要がある。
②各事業の魅力を維持する、または賞味期限内に売却する
次にノンコア事業と位置づけ売却対象となった事業についても、利益を生み出し続ける魅力的な事業が多いという事があげられる。各事業の競争力の強化、コストダウンによる効率化を怠ることなく、「強い事業」として維持する(または強い事業のうちに売却する)ことが、魅力的な売り手・買い手として認知されるためにも、社員の雇用や将来キャリアを守るためにも必要である。
③専門のM&A組織と優秀な司令塔(PMO)の確保
3つ目は、M&Aの専門部隊を持っていることが多い点である。大手企業であれば、経営企画部門に会計系アドバイザーや戦略系コンサルタントとしてM&Aをある程度経験した人材は1~2人は在籍していることが多いだろうが、専門部隊として組織化されているケースはまだ少ないのではないだろうか。M&Aは一部の専門家では遂行できない。法律、会計、税務、戦略、事業プロセス、環境そして組織・人事の専門家チームを1-2日で組織化し、全体のプロジェクトマネジメント組織(PMO)、つまり司令塔として機能しうる内部組織が必要である。私たちもチームの一員として良く感じることだが、PMOの巧拙次第で、専門家のパフォーマンスも変わるし、ディールの成否も決まるといって良いほどの影響力がある。
大企業グループの事業ポートフォリオ転換には、連続的にM&Aを遂行する必要がある。そして、一旦事業モデルの転換を終えても、次の社会・経済の変化が起きてくる。つまりM&A専門部門は、恒常的に必要な組織になっていくのではないだろうか。
④企業と社員の関係性の変革
最後にあげられるのは、企業と社員の関係性の変革である。企業は社員を一生囲い込むシステムを見直し、将来どこに在籍しても社員のパフォーマンスが生かされ続け、安定した事業活動を担えるようサポートすることに重点を置くべきだ。
これから企業が提供すべきは、終身雇用の安心感ではなく、常にリスキルし技術を磨くとともに、他社に移籍しても通用する汎用性のあるマネジメント能力や専門性を獲得させることだろう。
社員の側も「寄らば大樹の陰」は通用しないことを自覚し、事業モデルの変化は社会・経済の大きな流れの結果なのだから、むしろそれに乗じて自身の能力・経験を活かせる方法を考え、それをサポートする会社をパートナーとして選んでいくメンタリティを持つべきだろう。


■次世代の人材マネジメントへの変革
専門性と状況対応力の獲得には、外資系型の職種転換を基本的には行わないキャリアパスを主体とし、早期から人材を選抜し資質にあったキャリアを意図的に歩ませるアプローチの方が優れている。さらに、このような人材をマネジメントするには、労働市場の流動性を前提としたジョブを起点として、専門スキル養成のためのキャリアパスを組み合わせた人材マネジメントが優れている。いつM&Aが生じても活躍していける人材を育成するため、人材マネジメントを抜本的に見直す時期に来ているのかもしれない。
日系企業の場合、この課題解決が一番難しい。ただし、間違ってはいけないのは人材マネジメント変革が完了するのを待つのではなく、むしろその前に事業再編型M&Aを積極的に遂行するべきである。この点アジャイル型のアプローチを思い出してほしい。会社が再編型M&Aを行うことこそが、人材マネジメントのあり方や社員の意識を変える最良の刺激であり促進効果をもたらすドライバーだからである。


以上